50代女性に贈る送別会・退職祝のプレゼント

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50代と言えば、女性として円熟味を増す印象がありますね。 子供の成長と共に、自由時間が持てたり、仕事や生活にも余裕が生まれ、自分が主役の時代の到来です。 一方で、代謝が低下したり、体型の大きな変化が見えるのもこの年代。 今まで好んでいたファッションが似合わなくなったり、着ていた服が入らなくなったり、ダイエットの効果がなかったりと 悲しい現実も。 しかし、今までに培った経験や、審美眼、センスを活かして、自分を見直すチャンス、新しいモノや体験に 出会うチャンスでもあります。 忙しく駆け抜けた20代~40代にはお金や時間をかけられなかったり、何かを犠牲にしなくては出来なかった事、 例えば、身近な生活空間を心地よくしたり、趣味がなかった人には趣味を見つける時間を作ることが出来ます。 バリバリ働き、まだまだ欲張りに、自由に生きる女性に素敵なプレゼントを見つけましょう。

【第1位】体験ギフトカタログ ソウ エクスペリエンス

  

まだまだアクティブなこの年代、このギフトカタログで楽しいひと時をプレゼントしちゃいましょう。 陶器やレザー、和紙、ドライフラワー等のハンドクラフト体験、料理教室、酒造見学ツアー、ドルフィンウォッチ、 クルージング、ディナーコース等の趣味と実益を兼ねたコース、パラグライダー、ラフティング、ダイビング、 乗馬等のアクティブコース、ボディケア、フェイシャル、整体等のからだ綺麗コース、ボイストレーニング、 楽器演奏等のお稽古コース、、、、まだまだ「体験」が盛り沢山です。 およそ、女性が好きな事をいっぱい詰め込んだギフトカタログです。 体を動かすのが好きな人も嫌いな人も、手先の器用な人もそうじゃない人も、自分に合った「体験」が見つかる筈です。

【第2位】センスが光るインテリア

西洋風のソファー

この年代の人なら、自分の目指している部屋作りはもう終わっているころかもしれませんが、 何を目指せばいいのか、悩んでいる人も多いのではないでしょうか? ごちゃごちゃしている訳ではないのに、纏まりのない部屋、 お手本となる雑誌や写真のコーディネイトと同じようにしているはずなのに、パッとしない部屋、 心地よい空間作りを目指しているのに、統一感のない部屋。 それらの悩みを劇的に変える、素敵なインテリアをご紹介します。 小さいながらも存在感のある、自然素材を使ったものばかりを選びましたので、 和風、洋風、どちらのタイプのお部屋にもマッチすると思います。

和風の窓

信楽焼陶器水鉢

信楽焼の水鉢は、春には水草を、夏には小魚と浮き玉を、秋には紅葉を、冬には鉢そのままの存在感で季節を彩るインテリアとして楽しめます。

信楽焼といえば狸が余りにも有名ですが、他の焼き物とどう違うのか、どういった特徴があるのか、何故狸なのか、知らない事も多いのではないでしょうか。信楽焼をプレゼントする時に、ちょっとした豆知識があると便利なので、調べてみました。

信楽の名前の由来

新緑

その昔、良質な木材の樹林地帯であり、「茂る木」から 「しがらき」の地名になったという説と、 山に囲まれた土地という意味の朝鮮語の「シダラ」という名称が、陶芸技術と共に伝わり、「しがらき」になったという 説があります。 奈良時代には、紫香楽と漢字を充てていました。

日本の焼き物の歴史

素焼き

信楽焼と言えば、焼き物、陶器というワードがすぐに頭に浮かびます。 では、まず日本の焼き物の歴史を紐解いてみましょう。 日本の焼き物の歴史は世界的に見ても古く、1万年以上前の縄文土器に始まり、 弥生式土器、土師器(はじき)と 日本固有の技術として発展していきましたが、現代ではその流れを汲むものはありません。 一方で、5世紀頃、中国から伝わってきた須恵器以降、日本の風土と技術とを融合させた焼き物は、 独自の発展を遂げます。 その後、素焼きの無釉陶器と釉薬を表面に掛けた施釉陶器とに分かれていきます。 焼き物と言えば、磁器もありますが、陶器は土で出来ているのに対し、磁器は石から作られ親水性がありません。

信楽焼とは?

山1

中世の信楽焼も須恵器の流れを汲んでいると言えます。 信楽焼は、奈良時代の天平14年に、聖武天皇の紫香楽宮の瓦を焼いたのが始まりだと言われています。 鎌倉時代から本格的な陶器作りが始まり、室町時代に茶道具、江戸時代になると茶壺の生産が、 明治から昭和初期までは火鉢の生産(国内シェア80%)が盛んに、現在では愛らしい狸の置物が有名ですね。 1250年もの歴史があり、日本六古窯(瀬戸焼、常滑焼、 越前焼、信楽焼、備前焼、丹波立杭焼)のひとつに 数えられる日本最古の陶里です。

茶人が愛した信楽の器

茶道具

京都で茶の湯を学び、大徳寺の一休宗純に参禅した僧でもあった、「侘茶」創始者の村田珠光(むらたじゅこう・しゅこう) や千利休の師匠で草庵茶の武蔵野紹鴎(たけの じょうおう)、茶の湯の精神を大成させた千利休、 日本の茶道の歴史に名を留めるこの3人は、好んで信楽焼を茶道具として用いていました。 まだ信楽が茶道具を作っていなかった頃、珠光は別の信楽の器を茶道具として転用するくらい気に入っていました。 もちろん、その後に続く紹鴎や利休も、紹鴎信楽、利休信楽と呼ばれる、自分好みの茶道具を指示して信楽で 作らせていました。

御茶壷道中に使われていた茶壷は信楽焼

城

徳川家康は、京都から江戸へ幕府を移した後も宇治の茶葉を愛用していました。 これを徳川家光が制度化し、その行列を御茶壺道中と言いました。 各地の大名や民衆に徳川将軍の権威を示す為にこの儀s期を毎年行うようになったと言われています。 名の有る大名でも、将軍家が飲む献上茶の入った茶壷の通る行列が来ると、馬や駕籠から降りて道を譲るほど でしたから、平民はもっと大変でした。 道普請の命令、田植えの禁止、戸口の出入りや煮炊きの煙を上げることも葬式の列も許されませんでした。 もし、道で会えば、脇で土下座してやり過ごさなければなりません。 御茶壷道中を見る事も許されず、通り過ぎるのを息を詰めてひたすら待っていたようです。 この儀式は240年も続き、全盛期には、100個の茶壷1000人を超す大行列になったそうです。 家に隠れているのが一番いいかもしれませんね。

井戸

その辺の模様が、童謡のずいずいずっころばしに表現されています。 ずいずいと胡麻味噌を摩っていたら、お茶壷道中が来ると言うので、戸をピシャンと締めて家にじっとしていました。 静かに耳を澄ませば、俵の米をねずみがかじっている音や、井戸の周囲で誰かが茶碗を落として割った音がします。 子供は親に、その間、お父さんやお母さんに、もし呼ばれたとしても行っちゃいけないよと教えられていました。 行ってしまったら、やれやれと一息つけました。 順番はあべこべですが、こういった内容です。 ところで、この行列の主役の茶壷は信楽焼でした。 信楽焼の茶壷は、中のお茶を長期間湿気させず、よい香りも失われないと言う評判がたち、大名だけではなく、 一般家庭にも広く使用されるようになりました。 後に、藩窯である伊賀焼にその座を奪われるのですが、火鉢にその活路を見出し、 全国シェア80%の生産を誇る一大産業となりました。

信楽焼の特徴は?

粘土質

信楽では、一に窯、二に土、三に細工と言われています。(一土、二焼き、三細工とも) 信楽周辺でとれる、荒い土質の古琵琶湖層の蛙目粘土、実土等は、木節粘土と合わせる事によって腰が強く、 耐火性に優れ、肉厚の大物作りから、細工のしやすい粘性が小物作りにも適した素材と言えます。 また、石英、長石、珪砂等の細かい粒を多く含み、焼成の時に、土が焼き締まると同時に石粒が膨張し、 独特の表情を見せてくれます。 登り窯、穴窯の薪窯の火色、ビードロ釉、焦げの窯変の現象と、成型、乾燥、焼成技術と相まって、 信楽焼の魅力となっています。

信楽焼の鑑賞のポイント

陶芸茶碗

陶芸の作品や商品としての陶器には興味があるけれど、陶芸の世界の用語って、聞いていてもよく分かりませんよね? 陶芸のよく出て来る用語を、簡単に分かりやすく解説しましたので、観賞用のポイントも押さえてご参照ください。 人為的ではない、火と土の自然の変化がもたらす色や模様を「景色」といい、土味を見るのが信楽焼鑑賞の大きな 楽しみと言えます。 土の成分は、ほとんどがガラスの主成分の珪酸で、焼くと、長石等の粒が溶けてガラスになったものが 素地の隙間を埋める事を「焼締」と言い、 焼成中、炎と土が反応すると、オレンジがかった「火色」に、接触しなかった部分は白く残り、「抜け」と呼ばれます。 薪の灰が土にかかると、長石と共に溶けて、ガラス質が表面に流れる事を「自然釉(ビードロ)」と言い、 燠(炭火)に埋まり、素地や自然釉が黒くなる現象を「焦げ」と言います。 窯の中で土の酸化・還元、炎の対流、灰や燠の量やかぶり方や反応で、思いもよらない景色となる事を「窯変」と 言います。 無釉陶器とは言いながら、窯変によって、自然が生み出す不思議な模様や色合いが鑑賞のポイントと言えます。 また、有名な狸の置物は施釉陶器です。

狸の置物の起源

たぬき

よく、飲食店等の前に鎮座している狸の置物を見かけますね。 狸の置き物=信楽焼のイメージが強いですが、これはいつ頃からそうなったのでしょうか? 狸の置物の歴史は意外と浅く、 陶芸家の藤原鐵造という人が京都で修行中、或る夜に大狸と小狸が 腹鼓を打っている光景を目にします。とても珍しい事だと教えてもらってからは、小さい狸を飼って、 造形を観察し、その後信楽で縁起物の狸の置物作りを開始しました。 1951年に昭和天皇が信楽巡幸をされた時、沿道に沢山の狸の置物を設置し、旗を持たせたところ、 狸の置物をコレクションしていた昭和天皇が歌を詠まれました。 それが新聞に載り、全国的に信楽の狸が有名になりました。 狸の置物は、信楽の人口よりも多いのだそうです。

どうして狸はお店の前に立ってるの?

たぬき信楽

狸を「他抜き」「他を抜く」にかけて、商売繁盛の縁起物としてお店の軒先に立てられているという訳です。 江戸の手鞠歌に、『雨のしょぼしょぼ降る晩に 豆狸が徳利もって酒買いに』という一節があり、 右手に徳利左手に通帳を持って立っているのは、「酒買い小僧」型と言われ、この姿が定番となっています。 昔から、信楽狸の八相縁起といって開運縁起をあらわしています。 「笠」は、災難を避け、身を守ります。 「目」は、大きな目で四方八方に気を配り、正しく物事を見られるように。 「顔」は、熱心に商売に取り組み、いつも愛想よく。 「腹」は、慌てず、大胆な判断を。 「通」は、世渡りに欠かせない信用第一の帳面。 「徳利」は、飲食に困らず、徳が持てるよう。 「金」は、金運に恵まれるよう。 「尾」は、事の終わりは、大きく太く、しっかりと。 と、こういった意味があり、縁起物として商売人に好かれているのですね。

茶碗陶芸

信楽焼 黒釉丸水槽(小) 

 

こちらも信楽焼きです。 金魚やグッピー等の小さい魚だけではなく、まりもや浮き玉を浮かべて、清涼感を出しても素敵です。

【第3位】杉玉

酒蔵等の軒先に下げられているのを見たことがある人も多いと思います。最近、小さな杉玉を観賞用として自宅で楽しむ事が出来るようになりました。青々とした杉玉が徐々に枯れて、茶色く色づくのを季節と共に眺めるのも風流だと思います。少し変わった、ハイセンスなプレゼントは、喜ばれること間違いなしでしょう。花粉症の方には贈らないでくださいね。

 

杉玉(すぎたま、すぎだま)をご存知ですか?

地方へ行くと、つくり酒屋や家屋の玄関前に吊り下げられている、緑色の大きな球体、あれを杉玉と言います。 あれは、杉で出来てたんですね。 杉玉は、他に酒林(さかばやし)とも呼ばれています。 お酒に関係が深そうですね。

お酒と杉玉の関係

酒樽

現在では、衛生面や管理、保管が簡単に出来る事等から、酒桶はホーローが使われるようになりました。 昔の酒造では、地元の木で作った桶でお酒造りをしていました。 酒桶として約20~30年もの寿命を全うすると、味噌、醤油屋が買い取って約30~150年使われたと言います。 特に杉の木は、お酒の神様の霊威が宿るとされ、防腐作用もあるので、好んで酒桶に使用されていました。 因みに、日本酒発祥の地のひとつとされる奈良県の、吉野の杉は、現在でも主に酒樽等に使われています。 ※日本酒発祥の地と言われているのは、奈良県と伊丹市の2つです。 桶を作るのに不要な枝と葉を束ねて、軒先に掛けたものを当初、酒箒(さかぼうき)、酒旗(さかばた)と呼んでいました。 江戸時代中期には、酒屋の看板の役割を担っていました。 江戸時代後期には、現在のように丸くなり、酒林(さかばやし)と呼ばれ、 お酒の神様への感謝の印として、軒先に吊り下げました。 その後、新酒を搾る頃に、搾り始めたお知らせの意味で杉玉を吊るし、新酒が出来たサインとなりました。 その年の秋に収穫された米で作り、11月~12月頃搾られたものが新酒で、その時に新しい杉玉に取り替えます。 吊るした当初は緑ですが、徐々に茶色に変化していく様子が、すなわち新酒の熟成具合の表現となっています。

現在では、誰が杉玉を作っているの?

日本酒

かつては各々の酒蔵がそれぞれ作っていた杉玉ですが、酒桶が杉からホーローに替わった現在では、 杉玉の材料の確保が難しかったり、作り方を知らなかったりで、自作する酒蔵は少なくなっていて、 杉玉を製造・販売している会社に注文している酒蔵もあるそうです。

神社手洗い

元々は、お酒の神様への感謝の印として下げられていた杉玉ですが、 神様と杉玉はどう結びついているのでしょうか? また、お酒の神様とは、どこの神様を指すのでしょうか? 御神酒のあがらぬ神はなし。とは、神様が好んでお酒を飲まれるのに、 人間がお酒を飲まないわけはないという意味です。 神前にはお酒が供えられてますし、神前結婚式等の神事や伝統行事には必ずといっていいほどお神酒が登場します。 お酒の神様として全国的に特に有名なのは三社あります。

竹林

  • 梅宮大社(うめのみやたいしゃ) 京都市右京区

橘諸兄の母である橘三千代が、酒解神(さけとけのかみ)とされる大山祗神(おおやまずみのかみ)、 酒解子(さけとけのみこ)とされる木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、 瓊々杵尊(ににぎのみこと)、彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)を祀った神社です。 娘の木花咲耶姫命が彦火々出見尊を産んだ事を祝い、大山祗神がお米でお酒を造ったと日本書紀に 記されている事から、酒造の神様として全国の酒造より篤く信仰を集めています。 当時、橘三千代は、宮中の刀自(とじ)であり、酒造でも責任者でもあったと思われるので、 お酒とは縁が深いと言えるでしょう。

  • 松尾大社(まつおのたいしゃ) 京都市西京区

朝鮮半島から渡来(朝鮮新羅の豪族と言われる)し、京都一帯を治めていた秦氏が創建した、 京都最古の神社です。 秦氏一族の中には、酒造技術者が多くいたと見られ、苗字にも酒の字が付く人も多かったそうです。

  • 大神神社(おおみわじんじゃ) 奈良県桜井市

本殿は設けず、拝殿奥の三ツ鳥居より神が宿る山と呼ばれる三輪山を拝するという 古代信仰の形を現在に伝える、日本最古の神社のひとつです。 この三輪山にある木一本、葉一枚全て神が宿ると言われ、近年まで禁足の地とされていました。 ご祭神の大物主大神(おおものぬしのおおかみ)は、 国つくり、人間生活全般 (農業、工業、商業、造酒、製薬、交通、航海、縁結び等)の神様です。 国が疫病で混乱した崇神天皇の時代、高橋活日命(たかはしいくひのみこと)に命じてお酒を造らせ、 大物主大神にお供えすると、疫病が治まりました。杜氏(とうじ)の祖神として高橋活日命は活日神社に 祀られています。 ※古くは、宮中の台盤所(だいばんどころ)や内侍所(ないしどころ)等で雑役を勤めた女官、 貴族の家で家事を扱う女性、酒造りに従事していた神に仕える女性を束ねていた 年かさの女性を刀自(とじ)と言いましたが、後世、酒造りの大型化に伴い、 大桶を使っての作業に力仕事が必須となり、男性が主の酒造りになっても、とじの発音だけ残り、 杜氏の字が充てられたと考えられています。

みわの由来

夏の山

大神はおおみわと読み、昔は神に供える神酒をみわと言いました。 万葉集で額田王が「うま酒三輪の山青丹よし奈良の山の山のまにい隠るまで道のくまいさかるまでに  つばらにも見つつ行かむをしばしばも見さけむ山を心なく雲の隠さふべしや」と詠んでいます。 三輪の枕詞はうま酒です。 古事記に、娘の活玉依姫(いくたまよりひめ)と恋に落ちた若者の正体を突き止める為に、 相手の袖に麻糸を通した針を刺し、朝になって糸を辿っていくと、 大神神社の摂社である大直禰子(おおたたねこ)神社の入口脇のおだまき杉の下まで続いていたと 記されています。 苧環(おだまき)とは、糸巻きの事で手元に三巻き(三勾)残っていたことから、 この土地を美和(三輪)と名付けたという事です。 もちろん、活玉依姫の相手の正体は、若者に化けた大物主大神でした。

透明おちょこ

新酒の季節の毎年11月14日には、新酒の醸造安全祈願祭が行われます。 前日には拝殿と祈祷殿に吊られている、直径1.5m重さ250kgの大杉玉が取替えられます。 参列した全国の酒造家や杜氏には、直径30cmほどの杉玉が授与され、お守りとして酒蔵の軒先に吊るします。 大神神社から賜った杉玉には、下げられた札に三輪明神・しるしの杉玉と書かれているので、すぐに分かります。 ※日本酒の日=10月1日から酒造りがだいたい始まります。お米の収穫時期に合わせたのと、 お酒にとっての悪い金の増殖を防ぐ事から寒い時期がいいそうです。 種類によってまちまちですが、約1ヶ月程度で完成します。

杉玉古

このように、杉玉の元の由来は、大神神社からきていることが分かりましたが、 遠くて参拝へ行けない酒蔵は自作しているか、生産会社に注文しています。 杉玉は、現在は、日本酒蔵だけでなくレストランや古民家等でもインテリアとして飾られることも多くなってきました。 これは、日本人のおもてなしの心が込められているのだとか。 最近は、杉玉のワークショップを開いたり、DIY教室も多く見かけるようになりました。 目で見て美しく、自宅で森林浴が楽しめるなんて、素敵です。 先方が、花粉症ではないのなら、こういった贈り物も喜ばれるかもしれませんね。 受注生産ですから、時間は少しかかりますが、欲しいと思っている人は割りと多いと思います。

  • 釣りしのぶ(酒林) 

江戸時代に生まれた釣りしのぶもご紹介しておきましょう。 庭師がお中元用に作ってお得意様に配ったのが始まりです。 竹等を芯にして山苔を巻いてしのぶというシダ植物の根を 這わせて形作られています。 しのぶは、陽が当たらない、乾燥した場所でも育ち、その耐え忍ぶ 様子からこの名が付きました。 下に風鈴をぶら下げ、軒に吊るすのが一般的です。「 吊りしのぶ」ではなく、「釣りしのぶ」という書き方は、縁起を担いだものです。 昨今、打ち水やすだれ等の、夏をクールビズに過ごす 色々な工夫が紹介されています。 緑が鮮やかで、暑い夏のお部屋の空間に、一服の清涼を もたらしてくれる、釣りしのぶを飾ってみませんか。

こころ温まる世界でたったひとつのプレゼント

名前詩の感謝家で!! kansyaya.com namae

続きは近日アップさせて頂きます。

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